小学生のとき、片山くんは公文式に通っていました。
計算がめちゃくちゃ速くて、3学年の先取り学習しているとドヤっていました。
一方、井川くんの弟は、中学生のとき、塾で1学年の先取り学習をしていました。
当時のわたしは、「井川くんの弟、めちゃくちゃ賢いとか言われているけど、片山くん、3学年の先取り学習だぜ? 片山くんのほうがスゴくね?」みたいに思っていました。
その後、片山くんは中堅の私立大学、井川くんの弟は外大という噂を耳にしました。
で、時が過ぎて、参考書も書くようになったのですが――。
はじめて低学年向けのドリルを見たとき、お世辞抜きで、「公文式のドリル、よくできているわー」と思いました。
が、それは「苦手な子どもたち」「幼児」にとって(帰納法なので)。
※「公文式→苦手な子どもや幼児向け→公文式についていけない→うちの子ども、ヤバいのでは?」ではありませんので、あしからず。公文式には「相性」もあって、相性が悪かっただけだと思います。
で、そのころは、「低年齢の子どもは論理的な思考ができない(演繹法では理解できない)」という話を信じていたので、「公文式を習わせようかなー」と思っていました。
しかし!
ここ最近、年長の娘、ハイレベ読解(小1)の、つぎの文にひっかかっていました。
聖武天皇が天皇になったとき
理由を聞くと、「聖武天皇と天皇なのに、なぜ天皇になるの? (正しくは)『聖武が天皇になったとき』じゃないの?」というもの。
幼児がこれを疑問に思い、何がわからないのかを説明できるわけなので、あと説明を理解できるわけなので、低年齢の子どもには論理的な思考はないとかは真っ赤なウソだな、と思いました。
成長がかなり遅い小2の息子も、わずか10か月ほどの教育で、算数の入試問題が射程圏内に入ってきましたし(とはいっても、偏差値40台の入試問題ですが)。
子どもの教育に時間をとることができる、わたしにとっては、「やならくてよかった公文式」だな、と思いました。
というわけで、公文式。
計算力を高めたり、国語の読解の入口としては最適だと思います。
低年齢のうちは、そもそも競合がないので、公文式か親塾しか選択肢はありませんし(※)、小6までの計算力を鍛えておいて損はありませんし(というよりメリットしかない)、国語も「抜き出し」は勉強の入口だと思いますし、わたしも親塾では公文の市販のドリルからはじめましたし。
※どんぐりもあるのかな? どんぐりは、よくわかりません。
決して公文式を否定しているわけではありませんが、所詮は計算問題だけ、抜き出しだけなので難関中を目指すかたたちは早々に公文を卒業するのだろうな、と思いました。
そして、「幼児のうちに公文式で小6までの計算問題を終わらせる」みたいなことをするには親の関与は必要のようなので、中学受験は、「はやい時期から、親子で二人三脚している家庭」が強いのかもしれないなー、とも思いました。
ちなみに、わたしは遊びしか頭になく親も放置だったので、頭のなかに「勉強」という言葉はありませんでした。
で、中学生のとき、仲が良かった井川くんに誘われるがまま、とある塾に入りました。
自転車で30、40分くらいかかる塾です。
なぜ、井川くんの母親は、遠方の塾に入れたのか?
それは、腕の良い数学の先生がいたためです。
おかげで、わたしは数学に目覚めました。
で、入塾をきっかけに、すこしは勉強するようになりました。
で、井川くんの母親、今になってスゴイと思うのは、塾講師で塾を選んでいて、遠方の塾の情報もあったことです。
そして、井川くんがいなければ、また、友達と3人で自転車で通っていたため挫折もしなかったので、やはり環境(友達)は大切だな、と思いました。
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